ステージとは、やはり選ばれし者が立つべき聖域なのだろう。昨今の中村 中のパフォーマンスを観ながら、ふとそんなことを改めて考えた。シンガーソングライターとしてデビューして10年。その後、音楽にとどまらず、多彩なフィールドで活動してきた中村 中は、今、表現者として確かな成熟期を迎えている。紆余曲折のあった歩み、その中で生まれた精神的な葛藤。<天晴れ!我は天の邪鬼なり>という、10周年を記念する公演に冠されたタイトルも、まさに自身を象徴したものである。ポジティヴなものもネガティヴなものも、すべてありのままに昇華するアーティストとしての自我は、ますます多くの人を惹き付けていくことになりそうだ。

「表現する楽しさを実感したのは最近なんです」

夜会VOL.19 橋の下のアルカディア
土屋

中島みゆきさん主宰の『夜会VOL.19 橋の下のアルカディア』などを拝見したとき、中村 中はステージこそが生きる場所なんだなと強く思ったんです。だからこそ、仮にこの人はステージに立っていなかったら、一体、今は何をしていたんだろうなとも思ったんですよ。

中村

どうなってたんだろう? でも、一瞬、“作る”ほうもあるのかなと思ったことはありますけど。大道具とかそういうことじゃなくて、たとえば曲を作って誰かに提供する作家ですね。私はライヴハウスに出たり、ストリートで歌ったりすることを15歳ぐらいから始めてるんです。もちろん、歌も好きなんですけど、そのときはドラムを叩くことのほうが楽しかったんですよ。だから、曲も書ける、コーラスもできるドラマーになりたかったんです。でも、自分で歌うほうを選びましたね……って、声がちっちゃくなっちゃったけど(笑)。

今だったら、それこそ、(所属事務所社長の)瀬上さんみたいな、ステージをプロデュースする立ち位置も思いつくけど、歌手としてデビューするときは、そんな知識もなかったし、このステージの上だったら何か守られている気がする、自分の主張ができるとか思ってたから。そう思うと、結果的に考えたことはないということなんですかね。

土屋

そうだと思います。ほとんどの人は、スポーツ選手になりたいとか、先生になりたいとか、子供のときに夢に描いた将来像とは違った人生を歩んでいますよね。ただ、中村 中という人は、おそらく幼少の頃から、自分が刺激を受けた音楽を始めとして、何か自分を表現するものに向かって、まっすぐ進んできたのではないかと感じたんですよ。

中村

完全にそうです。だから、他のことの勉強が追いついてないなって思いますもん。それぐらいずっとまっすぐでした、ステージに立つとか、何かを作るということに。

土屋

意識的に、表現する楽しさを実感したのはいつ頃なんですか?

中村

それが、最近。

土屋

最近ですか?

中村

楽しさっていう点で言うと最近です。というのは、ずーっとよくわからなかったんです。もともと歌いたいって思った動機も、歌いたかったからじゃないんじゃないかと思ってて。それ以外のことがキツくて、苦しくて、逃げてたんだと思うんです、歌うという行為に。何か難しい話になっちゃいそうだけど、おいしいものを食べたいとか、気持ちいいことをしたいとか、いろいろあると思うんですけど……上手く言えないんだけど、順を追って話しますね。

まず、とにかく自分が嫌いだった。今も好きとは言えないけど、生まれ方とか、自分の中でしっくりこない性別の悩みとかもあって、ずっと自分が何なのか定まらないまま、幼少期を過ごしたんです。家族も信用できなかったし、友達も表面では付き合えるんだけど、心を開いているかというとそうじゃなかったと思うんです。その原因は、自分が自分のことを説明できないとか、深く考えたくないとか、考えないようにしたいとか……自分というものがなきゃ、やっぱ人と喋れないんだなと思うんですね。そうしていると次第に孤立していくし、孤立するだけならまだしも、嫌がらせをされたりするようにもなっていったりして、どこにも居場所がなくなっていく。もちろん、帰れば家はあるんですけど、家の中でも何となく気を遣ってたし。でも、そういうのが嫌なんだって言えるタイプではなかったし、本当はこう思っているみたいなことを言える度胸もなかったんです。

でも、音楽はすごくシンプルで好きだったんですね。たとえば、楽器だったら、リコーダーとかも吹けば音が出る。何という素直な成り立ちなんだろうって。でも、吹けば音が出るみたいな、そのシンプルさが自分にないんだよなぁって……そのときは今みたいに説明できる感じでは思ってないですけど、何か音楽って凄いなぁみたいに思ってたんです。その後、言葉が載っている音楽というものとの最初の出会いは研ナオコさんだったんですけど、グズグズした気持ちとか、私ってホントにダメよねみたいなこととかも作品になっちゃってる感じに衝撃を受けて。

土屋

それはいくつぐらいの話なんですか?

中村

それが13〜14歳ですかね。何もしてないと、自分と向き合わなきゃいけなくて、でも、それを続けたら、私、死んじゃうかもって思ってたんですよね。それをなるべくしないようにしたくて、別のことをしようと考えたんです。でも、たとえば、家に帰っても……何をしても怒られるんですよ。歌を歌っていたら、「うるさい!」と言われたり。「何だ、女みたいな歌い方をして」とかって言われるのもホントにキツかったから、なるべく家に帰らないで、自然に外で歌うようになって。ストリートでやるようになったのは、そういう理由もあったんです。

だから、歌には救われたと思ったけど、楽しいかと言われたらまたそれとも違う感覚もあってね。たとえば、自分の声帯の成り立ちとのギャップもそうですよね。ホントはもっとキレイな声が出るはずだったのにって、声変わりしていくこととかにも悩まされて。

いきなり話を飛ばしちゃいますけど、デビューした当時も、もちろん、歌うことで救われてはいるんだけど、果たしてこれは喜びなのかというのが、ずっと掴めないままだったんです。人にどう見られているかを気にしてたんですかね。まぁ、思い込みすぎてたんだと思うんですけど、もしかしたら苦しかったかもしれない。自信もないから、こういった話をするのも怖かったし、「みんなと一緒じゃないことの何がダメなの?」なんてことも言えないし。でも、それを吐き出すために、歌は一応、バリアになっているとは思っててね。昔、「歌は人とつながるツールだ」とかって言ったことがあるんだけど、ホントは思ってなかったなって。だから、撤回したいんですよ。つながるというより、隔てる壁になってたんだと思う。

土屋

ただ、自分にとってはバリアでも、中村 中の歌を聴く人にとっては、「ツール」になり得ていたのは間違いないでしょう?

中村

そうそう。だから、そのこと自体は、とても嬉しいんですよ。自信にもなるし。私でも人と関わりを持てるんだなって。でも、当時は圧倒的にバリアの要素が多かった気がしてね。

だから、自覚ということでは最近なんです。今は精神と肉体のバランスがとれてきたというか、むしろ、なるべくしてなったのかもって思い始めてきて。そのヒントをもらった10年だった気がします。

ロック・バンドはまた別の要素なので、それは後で話しますけど、演劇、芝居もやるようになって、役者としても活動することが、実は自覚を持つ近道だったんです。なぜか歌手デビューしたのに、最初に人前で歌を歌ったのは舞台だったんですよね。「汚れた下着」って曲でデビューしたとき、それまでもライヴハウスで歌ってたから、まずはライヴをするんだと思ってたら、その前に別の話が来て。チェッカーズとかの作詞もしている売野雅勇さんが企画していた、朗読と音楽を混ぜた音楽劇のようなものだったんですけど、これはやったほうがいいからって言われたんですよ。その理由もわからなかったんだけど、「それはわからないです」って言う意志もなかったし、ちょっと失礼だったなと思うんだけど、何となく決まってて。

そのとき、自分が今、書いている曲を、その舞台の解釈で歌って欲しいと言われたんですよ。それがどういう意味なのかわからなくて、しかも何で私は歌手デビューしたのに舞台に出るんだろうっていう複雑な気持ちがあって、最初は拒否してたんですね。

でも、どういうわけか、それからしばらくは役者のオファーが続いたんですよ。もちろん、そういう気持ちだったから、当初は断り続けていたんですが、ふと、「声がかかるっていうのは何の意味があるんだろう?」って考えたんですね。意味もなくこんなにオファーが続くはずもない。そう思ってからは、徐々に受けるようになったんです。

ところが、ライヴをやると「役者だね」とか言われたり、演劇に出ると「アーティストだね」って言われたりする時期が来たんですね。デビューして6〜7年目ぐらいでしょうか。それもまた嫌だったんです。完全に本気で歌ってたのに「役者」、完全に演技しているつもりなのに「アーティスト」。何かしら感想を持ってもらえるのは嬉しいんだけど、自分が思っていることとは逆のことを言われるわけですよ。それにカチンとくるみたいな(笑)。

土屋

当然、それは褒め言葉としてのものだと思うんですよね。俳優を専業でやっている人とは違うオーラが出ているという意味で「アーティスト」と感じたのでしょうし、歌手として歌う際のパフォーマンスにも、演劇のような要素が感じられたのだと思うんです。

中村

今はわかるんですけど、当時は頭と身体が一致してなくて。初めて音楽はいいなと思ったのは歌謡曲だったので、もらった曲を演じるように歌う人たちの表現方法を観ていたから、自然とそうなっちゃうのはわかるんです。でも、努めてそうならないようにしようと思ったりしてても、どうしてもそう言われる。だから、やっぱり役者をやるのはいけないことなのかなとも思ったんです。実際に「二足のわらじなんて、だいたい上手くいかないんだ」とか言われたりもしたし。

でも、そういう見方に対しては、「今まであなたが何を観てきたのかはわからないですけど、私はやるって言ったらやるから!」と思ってて。そういう反骨心……まぁ、それだけでやってるんですけどね、今も(笑)。だから、絶対にやってやると思ったんだけど、かといって自分には何の裏付けがなかった。そこで一度、深く考えてみたんです。なぜ私はこの両方ともをやりたいのかって。そう考え始めてからは、たとえばアルバムを作るときも……最初の3枚目までは、それまでのストックからほぼ出来上がってたから、一応、テーマは持っていたつもりだけど、作るというより、歌えれば何でもいいと思って並べたものだったんですよ。でも、『少年少女』(2010年)というアルバムを作り始めた頃から、何を作るのかを考えるようになっていったんですよね。それと同時に、演劇を始めて8〜9年目ぐらいまで、10代の頃に思っていた、「何で私はいちいち人に怯えてなきゃいけないのかな?」ってことにも立ち戻るんです。その理由としては、私自身が人と深く関わってないからだと思い始めて、自分の説明ができないことが、だんだん恥ずかしくなってきたんですね。

シンガーソングライターって、歌があるから、何かそれで自分を説明できているような雰囲気になっちゃうじゃないですか。実際に歌を聴いた人から「中さんはこういう人ですよね」って言われる。でも、その歌が私と言われても、それもよくわからない。ただ、そろそろ自分で言えなきゃいけないんだなと思って。そこが自覚に近づいていったんですけど、方程式を作ったんですよ。

土屋

方程式ですか?

中村

そう。こんなのをインタビューに載せてもらうのは恥ずかしいんだけど。でも、やっぱ悩んでいるわけ。生きていたいし、孤独は嫌だし。そのときの自信の付け方の方程式なんですけど、私は今とは違う私になりたいとも思っている。だけど、今の私は違う私で、本当の私を取り戻したい、あるいはなりたいんだという道筋もあって。だから、常に私はずっとそういうところが揺れてるんですけど、この揺れは私の大切な指針というか考え方だと思えてから、だんだん地盤が固まってきたんです。その意味では、歌と芝居はまさにそういう関係なんですよね。たとえば、歌には私の思っている思い、悔しかったけど言えなかったことを書く。でも、芝居をやるというのは、何か別の私になるっていう道筋が辿れる。

土屋

何者かになりきるわけですからね。

中村

そう。こっちがいい、こっちが悪いと決めたら、やっぱり片方を手放さなきゃいけないと思うけど、そもそも生きている人たち、みんなそんなことで悩んでるじゃん、生まれたときから揺れてるのがデフォルトなんだってことでいいかもって思えたら、だんだん落ち着いてきたんですよ(笑)。だから私は両方やっていいんだって思えたし、むしろ、両方を研ぎ澄ませていけばいいじゃんって。その方程式ができてからラクになってきてね。

エンターテイナーとはどういうものかというのを考えても、なれないかもしれないけど、来ているどなたの心の穴にも触れるものになれるのが、最高のエンターテイナーなんじゃないかと思えるし、それに向いているのは、やっぱ常に揺れてる人間のほうが、七変化できるんじゃないかなって。そんな気持ちも込めて、今回のライヴについても、<天晴れ!我は天の邪鬼なり>ってタイトルをつけたんです。掴みどころがないけど、必ず楽しませてくれる人みたいな。その自覚も今も揺れてるんですけど、昔とはちょっと違うんですね。

土屋

今、自分がやっていることは何なのかと考えたときに、その方程式に立ち返れば、すべて当てはまってくる。安定した公式の中に入れるわけですよね。

中村

うん、入れるわけです。

土屋

自分の核となる部分、精神的な基盤が固まるということは、何をするにしても強いでしょうね。どこにでも出ていける。

中村

そうですね。ホントはこれを言わないでやりたいんだけど(笑)。私にとって、音楽は夢を見せてくれたんですね。歌っている間は殴られないとか、いじめられないとか、ライヴはすごく非日常的な世界なんです。あの摩訶不思議な気持ち……たとえば、この人が歌ってくれたこの歌が、代わりに自分が言えなかったことを言ってくれたっていう発散の仕方が逆に喜びになったり、こういうふうに考えたらもう少しラクに生きられるかもしれないみたいな気付きになったりもする。

土屋

その方程式は、おそらく万人に当てはまるものだと思いますよ。「最近」との回答についてもう少し伺いたいんですが、具体的にはいつだったんですか?

DECAYS
中村

具体的に? 徐々に固まっていってるんだけど、そのポイントは何点かあって。歌手としての気付きもあったし、演劇が軸になるものもあったし。そこで意外とDECAYSでの活動が、私の中ではいいヒントだったんですよ。その意味では去年なんですよ。

ただ、その気付きは、ここまで活動できたからかなって。私、そんなに区切りだとは思ってないんですね、10年というのは。だけど、10年がそうさせてくれたんだなって思うと、ホント、周りの人や応援してくれる人にめちゃ感謝なんですけど、去年、<十の指>ってツアーをやったときに、目が覚めた感覚があったんですよ。デビューしてから1〜2年は、よくピアノを弾きながらライヴをしてたので、久しぶりだし、それをやってみようと思ったのが、そのツアーだったんです。

それをなぜずっとしてこなかったかというと、フロントに立つ人間が前を向いてないのが嫌だったんですね、何となく。ピアノを弾きながらとなると、どうしても、客席と真正面に向き合うことはできないじゃないですか。私は自信がなかったし、それではパワーが前に出てこないんじゃないかと思ってたんですね。でも、ギターを弾きながらだったら、前を向けるでしょ。だけど、懐かしさとかも一つの演出になるかなと思って、ピアノをとことん弾くライヴをやろうと思ってやってみたのが<十の指>だったんです。そしたらね、意外だったのが、今までで一番エキサイトしたツアーだったの。

十の指
土屋

自分自身が、ですか?

中村

全体が、かな。ピアノ・トリオだったんですけど、楽器の特性もあって、厳かな雰囲気で、おとなしくなると思ったんですよ。ところがですよ。まず初日にびっくりしたのが、横を向いているのに、今までのライヴよりお客様が盛り上がってるんですよ。めちゃめちゃ燃えて。そこで私、もう諦めたんです。想像はやめようって。

私、考えていること、全部、裏目に出てきたんですよね。それこそ、やっているのに、反対側の感想を言われる人生だったし。このときもね、私、あなたたちのほうを、何回か意識はしているけど、見ていない時間のほうが盛り上がってるじゃんって。ライヴをやり終えて気がついたのは、横を向くことで、バンドのメンバーとコンタクトがとりやすいんですよね。だから、たとえば、その場で演奏を伸ばしたいときも、「もう1回!」みたいなことも容易にできる。実際に「いくぞ!」っていう合図にも、自由自在に返してくれるバンドだったんで、そうか、これがライヴというものだったんだなって、すごくシンプルなところに行き着いちゃって。

私はそれまで、前を向いて、二階席があれば二階席までを包み込めるようにしてなきゃとか、頭でっかちに考えすぎてたんですよ。つまり、ライヴしている、生きているというよりは、何か別のものとして居すぎたのかなぁって。確かに考えてみれば、そういう見え方だったから、シアトリカルとか言われちゃうのかもしれない。でもね、そのときにホントに、“ライヴ”ができたなって感触があったんです。バンドもこっちのパスをすぐに返してくれるから、どんどん増幅していってね。別に横顔だろうが何だろうが、エネルギーの集合体が客席に伝わっていくことで、どーんと盛り上がっていくんですよね。そこがまず歌手としての一歩だったんです。

芝居のほうも、さっきの方程式に基づいて、ちゃんとやろうと思えたことが自覚の一歩だったと思うんですけど、私は完全に独学だし……音楽もそうなんですけど、今までは歌を歌う役で呼ばれることが多かったんです。ただね、それはフェアじゃない気がしたの。苦しくないんだもん、自分の得意技を持っていくってことだから。

土屋

歌手としての中村 中が演じる役ということですもんね。

中村

そう。別に私が何らかの役作りをしなくてもいけちゃうものも多かったんです。

DECAYS
土屋

でも、制作側はそれが欲しかったとも言えるでしょうけどね。

中村

うん。でも、プロフィールに役者って書くからには、やったっていう実感が欲しいと思って、次はストレート・プレイの仕事じゃなきゃやりたくないって話をしたんです。まぁ、それで痛い目を見たんですけどね。森新太郎さんっていう鬼才の演出家が手掛けた『エドワード二世』(2013年)なんだけど、千秋楽の日に「やればできるじゃないですか!」みたいなことを森さんに言ってもらえて。いまだに改善点とかはたくさんあるんですけど、歌がなくてもやり切れた事実と、もっとチャレンジしたい気持ちも芽生えたし、そこからやっとプロフィールに役者と書くようにしようと思ったんです。

でも、夢を口にするって、大事ですね。私もプロフィールに書いたら、だんだん役者をやってますみたいな気分になってくるんですよ(笑)。それまでは、「最近は演技のほうがお盛んで」みたいなことを言われたりしてたの。それがまたカチンとくるわけ(笑)。私ね、多分、曲を書くとか歌うとか演じるとか、すべての動機が怒りなんだと思うの。でも、役者って書くまではモニョモニョしてたのも確かなんですよ。だから「そんなこともないんですど……」とか言ってたんですよ。それが「いえ、全部やってます」「私は全部やるんです」って言えるようになってきて(笑)。そこもやっぱ自覚ですよね。

DECAYS
土屋

そうですね。自ら名乗ることで、臨み方が変わってくることは往々にしてあると思います。

中村

うん。でも、みんな通例で話すんですよね。たとえば、シンガーソングライターは、100%自分のことを書いていると思われる。もちろん動機があるから書いてるし、そう思って聴いてもらうのは全然いいんだけど、逆になぜこれが100%すべて私だと思うのかということですよね。だから、歌手には演技ができないと思われるのも同じことですよね。私にとっては、自分の人格を保つためなのか形成するためなのか、両方必要だし、どちらも楽しいからやってる。だって、友達や好きな人に、本当のことを言って喜ばすのも楽しいし、時に嘘を言って喜ばすのも楽しいじゃない?(笑) 普通はこういうのは成り立たないみたいな捉え方じゃなくて、「私の話を聞いてくれない?」みたいな(笑)。もちろん、偉大な人たちが残してくれたレールの上に乗ってはいるんですが、結局、「どうして生きてるの?」って聞かれるのと一緒になってくるわけ。

ちょっと話が逸れたけど、ここでDECAYSの話をしますね。DECAYSの話をいただいたときに、私はDieちゃんやカッシーさんは、なぜこれをやるんですかって質問をしたんですよ。でも、正直、腑に落ちる返事が返ってこなくて、彼らは「自由にやりたいんだ」って言ってたんですよね。まぁ、自分のバンドとかで縛られてることもあるんだろうなとか思ったりして、何となく煮え切らないままだったんだけど、リハーサルに入ったときに……私がエレキを持ちながら歌うスタイルが初めてだったというのも、その感情に至る要素の一つだったと思うけど、ホントに「音が出るって素晴らしい!」みたいな、昔、リコーダーを吹いたときの感覚に似てたんですよ。そのDECAYSでの経験と<十の指>をやったときのライヴ感とが、私の中では何となく合わさっていって。

土屋

純粋にバンドで音と向き合う意味では同種でしょうね。

中村

うん。もう全力で楽しむんだ、とにかくエネルギーの波動砲みたいになればいいんだって。DECAYSの歌詞は、何を歌ってるんだろうって思ってたんだけど、そこもよかったんです。言葉を聴く音楽じゃないというか、音と一緒に揺れるというのかな。客席には私たちよりエネルギーがあるんじゃないかみたいな、「私だって鬱屈としてるんだよ! 私のこの黒いのを食べてよ、Dieちゃん!」みたいなファンの子がいて、それとの合戦みたいな感じだったじゃないですか。でも、やっぱりここに救いはあるんだなって。

大声で叫ぶとか(笑)、同じことを街中でしたら、ダメなわけ。でも、ライヴは、それをしてもいい場所になってて。「そっか、ステージの上ってこういう状態がいいんだな」って感じたし、私が今やっていることにも重なってきたんです。本当のこともあるし、絵空事のこともある。やっぱ私、両方をやってるんだなって(笑)。DECAYSをやれたことも、自覚の一つだったんですよね。

「あんたは圧倒的でいてよ!」

土屋

歌詞であれ、俳優であれ、スポットライトを浴びる仕事を経験し、一度、その魅力を味わってしまうと、なかなか抜け出せないと話す人も少なくないと思うんです。中さんにもそういう感覚はあるんですか?

中村

もちろん、これ以外のことはできないから、さっきの話のように他のことは考えたことはないんだけど、やっぱり、私がステージに上るときの気持ちは、喜びを求めているのではない気がしていて。常に居心地の悪さが先にあって、それを脱ぐための場所。ジタバタするためにステージに上がってると思ってるから……何と言ったらいいんだろう?

「抜け出せなくなる」というのは似ていると思うし、それはやめられないですけど、動機がちょっと違う気がします。だって、絶対、ステージの上でのほうが、身体はもちろん、心までも動くんですもん。日常生活では、どこにも出せないから。人は自分だけラクになろうとして、自分の欲だけで動いて、他人のことを傷つけるでしょ。平気で人のものを盗ったりとか、時には殺しちゃったりもする。そういう一線を越えちゃう人は、どういう感覚なんだろうって、いつも思うんですよ。でも、私はステージがあるから、それをしなくて済んでいるかなとも思うし。答えになってますかね?

土屋

ええ。純粋な表現欲とはまた異なる、ステージに立つ理由の一つでしょう。

中村

それが何で喜びかどうかがわからないかっていうと、いつも根にあるのが、楽しんでくれますようにって感じなんです。これもまた自分の方程式の中にある要素で、答えを決めない。さっきの<十の指>がまったく想像に反してたことでも諦めたんですよね。私なんかが考えている通りになんかは進まないから、よかったか悪かったかは、結果でついてくる。もちろん、全力で楽しいステージはやらなきゃいけないと思う。でも、ひょっとしたら喜びも全力かもしれないし、悲しみも全力だったかもしれない、怒りも全力だったかもしれない。そこにものすごい熱い熱量がただあればいい。それが何色かはどうでもいいことだなって。

でも、思いのままにやらなきゃいけないことだから……無意識というのか、本能みたいなものがあったとして、一方には理性がある。私は定まってないから、常にその両方で揺れてるんですけど、正気の沙汰じゃないものを、やらなきゃいけないんだっていう自覚を持ってる感じなんですよね。

土屋

でも、それは言わば、演技ではないんですか?

中村

でも、それは越えられるんですよね。多分、越えてなきゃ満足させられない気がするし。確かに演技だとも思う。ただ、そこの入口の入り方を変えたりもするんです。たとえば、出ないかもしれないキーがあったとすると、そこで何かカッコいいポーズをしたくても、それを出すための姿勢を理性で考える。つまり、まず身体から作る、形から入るわけですよ。でも、それを経たところで、自然に本能のスイッチが入る。その結果、エンターテインメントが成り立つんですよ。

土屋

なるほど。それが演技を超越したものなわけですね。

中村

うん。逆のこともありますよね。気持ちから入って、形に抜けていくことができたり。とにかく、貫けていればいい。そう思いますね。今、言われてみて、そのどっちが多いかなと思ったんだけど、やっぱり形から入っていくほうが多いのかなぁ。そのほうが気持ちいいんですよね。

土屋

音楽でも演劇でも、即興をするにしても、基本的には決まった形があるうえでの話ですよね。それがないと成り立たない。

中村

そりゃそうだ。イントロが何小節かは考えますからね(笑)。

土屋

それもそうですし(笑)、いい意味で定型ではない形に変わっていく面白さを期待できるから、みんなステージに上がるんだと思うんです。中村 中の表現もきっとそうでしょう。とはいえ、実際に誰もがステージに立って、あの場を謳歌できるかというとそうではない。やはり、限られた人たちに特別に与えられた才能なんだろうと思うんですよ。中さんにしても、デビューしたときにはファンと言われる人は、ほとんどいなかったはずなんです。ところが、気づけば、行ったこともないような場所でも、中村 中を待っている人が増えていった。それも10年の活動の証の一つですよね。今だからこそ、自分を求めてくるファンの人たちに対する責任みたいなものも、何か感じているのかなと思うんです。

中村

感じます、感じます。芽生えてますね。上手く言えるかどうかわからないけど……ファンレターは全部読んでるとはいえ、ホントに全員のことを見れているか自信がないんですけど、もしかしてって思う私のファンの人たちはオーラが似てる。どの世代が多いとか、どの性別が多いというのもないんだけど、お一人様で来られる方が多いなぁと。失礼な言い方になってしまうと嫌なんだけど、たとえば、学校や会社などで寂しい思いをしている人だろうなというのがわかるというか。上司に嫌なことを言われたのかなとか、同僚はみんな一緒にご飯を食べているのに一人でいたのかなとか、ともすると今日は誰とも喋っていないんじゃないかなとかね。実際に私がそうだったから、ちょっとシンパシーを感じるんですよ。

でも、私も音楽にそうしてもらったように、せめて歌を聴いているときぐらいはラクになりたいし、ライヴに来ているときは解き放たれていい時間だと思っているんです。私なんか、歌を歌ってなかったら、やれなんだあのオカマとか言われてるわけ。そんな人が、ステージに立ってるのよ。私、率先して恥ずかしいことをやってるから、いくらでもその恥ずかしいことを出してくださいって気持ちになるわけ、ライヴって。来てくれたら、(いらない)荷物は置いてって欲しいわけ。そのためには、さっきの熱量の話になっちゃうけど、とにかく振り切る。全力でやる。超普通のことなんですけど、その普通のことが難しくて、いつも試行錯誤するんだけど。それが、私が今、思い当たる責任の一つ。そういうふうに思ってますね。

土屋

それはステージに上がっているときに常に考えていることというより、大前提として思っていることですよね。

中村

そうです。やっぱ、カッコ悪かったら、怒られると思うの。何の主張もできなかった、要は落ちこぼれがステージに立てるまで行った……たとえばファンレターに、あなたのあの歌のおかげで、今、自信を持ててますなんてことを書いてくれる人がいる。でも、私はキッカケでしかなくて、あなたの頑張りを自分で褒めてあげられるようになってとかって思っちゃうわけ(笑)。もし、私はあなたに寄りかかりたいんですって思っているファンがいるとしたら、何か違う答えが返ってきたみたいに思われちゃうのかもしれないけど、いずれにしても「あんたは圧倒的でいてよ!」って思ってくれてると思うの。私もそう思うしね。自分が好きだった人たちも、やっぱり圧倒的だったし。改めて“責任”なんて言われると怖くなっちゃうけど、そういうふうに思うんですよね。

土屋

いつぐらいからそういった意識は芽生えたんですか?

中村

わかんないなぁ。でも、ホントに最近なんだよなぁ。10年、育ててもらったなって。今度のライヴに<天晴れ!我は天の邪鬼なり>って変なタイトルをつけましたけど、今までだったらとか、普通はこうだとかみたいな考えには、私は応えられない。そうじゃないもので応えたいんです。それを人は天の邪鬼って言うのかもしれないけど、天の邪鬼こそエンターテイナーに向いてるじゃないかと思ってて。やっぱそのライヴでも、私が何かエネルギー体になって、もう人間じゃないものになるぐらいの気持ちでやれることが、一番の感謝の姿勢なんじゃないかと思うんです。喜怒哀楽を全部出す、死んでもいいみたいな思いがある。だから、「最近」とか言ってるけど、ホントにそういうふうに思えるのは、その日かもしれない。でも、何回もこれから先も、何回もそう思うんじゃないかなぁ。そう考えると、いつなんでしょうね?

土屋

常に自己変革はあるでしょうからね。

中村

はい。そのつど思っているつもりです。

「自分の聞いて欲しいことばかり言う人の話って、やっぱ聞いていられなくなるでしょ」

土屋

『夜会』のステージを観たときに、中村 中はカメラの中では収まり切らない人なんだなとすごく思ったんですよ。つまり、ステージにおける前後左右上下すべてを含む空間で観ないと、この人の面白さ、凄さ、個性はわからないかもしれないなって。こんなことを言って、テレビの仕事が来なくなっちゃうと困るんですが(笑)。

中村

そう……そうとか言っちゃってる(笑)。でもね、難しいですもん、テレビは。何かね、冷たい空気の中で進んでいくというのかな。やっと温まったかなって思うと、「はい、止めて!」みたいな。でも、一つの研究すべき表現の一つだとは思ってるんですね。

土屋

演者としてはそうでしょう。ただ、究極を言うと、やはり二次元ですべてを捉えるのは難しいですよ、中村 中という表現者は。それがプロなのだと言われればそれまでですが、『夜会』でも、みゆきさんの存在を凌駕するぐらいの輝き方をしていたと思うんです。

中村

できてました? そうじゃないと失礼だと思ってやってました。

土屋

ええ。だから終演後に瀬上さんにも話したんですよ。あれはテレビドラマでは撮れない画ですよねって。

中村

そんなこと話してたんだ?(笑) でも、そういう話を聞くと、「だって(中には)できないもんね」って、私には聞こえるわけ(笑)。そうするとね、「何!?」って思っちゃうのよね(笑)。

土屋

ははは(笑)。でも、演じる側ではなく、撮る側の問題。それを撮れる人がいるのかって話なんですよ。

中村

あぁ、なるほど。じゃあ、ブレインを用意しちゃおうかしら、「撮れるよね?」って言って(笑)。

土屋

もちろん、テレビドラマで中村 中を起用する人は、それを撮りたくてオファーを出すんだと思うんです。でも、その都度、二次元の限界を感じながら収めていると思うんですよ。その存在感の大きさは、DECAYSのライヴの際にも見えましたよね。あの場で初めて中村 中を知った人も、同じように感じたと思いますよ。

中村

でも、まずはそういう場をもらえないと出せないから。自分のライヴなら自分で用意するんだけど、『夜会』やDECAYSのようなところに呼んでもらえたのは嬉しいですね。

土屋

冒頭で二足のわらじという話がありましたが、実際には二足どころじゃないわけですよ。

中村

もちろん、履けるものは全部、履きますよ(笑)。でも、だからこそ、絶対に全部がいいってなるぐらい圧倒的じゃないといけない。

土屋

それが中村 中という人間そのものの強さなんだろうと思いますよ。自分自身で「私は凄い人間なんです」なんて言う人はいないでしょうけど。

中村

でも、(自分を)助けたかったかもしれないですね。こういう方法でやったら、あなたはもうちょっと生きやすいかもよって。でもさ、私、初めてバンドをやったときに、すっごい相手を怒らせちゃったんですよ。もっとこうやって、ああやって、ここを練習して、こういうふうにやったら、あなたはもっとカッコよくなるよって言ってたら、それが辛かったみたいで……そのとき4人編成のバンドだったんだけど、「お前が4人いればよかったな」って言われてやめられちゃったの。「何それ!」って思ったんだけど、誰かと一緒に何かをやるって難しいんだなぁって。だから、今、これをやってるんですかね?

土屋

バンドの場合はまた違うところもありますよ。すごく優れたミュージシャンが、いいメンバーと巡り合えず、バンド活動が上手くいかなかったという話はよくありますし、やはり同等に秀でた人と一緒にやらなければ、バランスもとれないですから。作品を作るとなっても同じでしょうね。

中村

同じテンションの人ってことかなぁ。作品ということで言えば、今まで私、アルバムを作るとなったら、全曲、振りかぶってたの。全部聴いて欲しい歌だったの。だけど、『歌縁』(中島みゆき リスペクト・ライヴ)のツアーを廻っているときに、バンマスの高田漣さんと、ドラマーの坂田学さんとキーボードの斉藤哲也さんと、ビートルズの話から、“アルバムで音楽を聴く”という話になったのね。携帯音楽プレイヤーのようにシャッフルできるようなものではばなくて、アルバムとして通して聴いてみると、「何、この曲!?」っていう退屈な曲が入ってると(笑)。それを飛ばせば自分の好きな曲が来るんだけど、そこを我慢して聴いた先の喜びたるや格別みたいな話をしてて。

私はレコードとかは逆に大人になってから、音の太さみたいなものに気づいたけど、ずっとCDが一般的なメディアの世代だったし、何ならMDで編集して、自分の好きな曲だけを並べて聴いちゃうタイプだったんですよ。でも、たとえば、私の好きなKING CRIMSONの「Starless」(のような長い曲)では、「何だ、これ!?」みたいな退屈な時間を超えた後、その曲のテーマがまた別の楽器で出てきたりする。そのときの感動が超たまらないんですよ。そういうのを知ってるから、もしかして、おいしいものばかり並べるアルバムの作り方っていうのも、ちょっと変えてみようかなぁみたいに思ったんですよね。

人との会話でも、自分の聞いて欲しいことばかり言う人の話って、やっぱ聞いていられなくなるでしょ。時に冗談を交えたりする人のほうが、ためになる言葉が響いてきたりもする。そういうことを私はガリガリ君から学んだんです……って、何で、そこでビートルズって言えないんだろう(笑)。何年か前に、ガリガリ君でナポリタン味が出たでしょう? ああいった変わったものを出しても大丈夫な体力が会社にあるからやれるんでしょうけど、絶対に在庫を抱えたと思うんですよ。

土屋

ええ。何億という損失を出したと製造元の方も話してましたね。

中村

単なるアイスだけど、遊んでる感じがするんですよ。だから、ワクワクしてくるのね。日清のカップヌードルもそうで、時々、「何、これ!?」みたいなものを出してくる。実際に食べてみると、私にとってはおいしくない。だけど、いろいろ出してくるから、気になっちゃう。そこで、「あぁ、やっぱりいつものやつはおいしいや」って思うんですよ。それに謎肉祭ってあったでしょ。あの肉は何の肉なんだろうねって。謎肉って誰が言い始めたかわからないものだけど、定着させたのは、SNSとかで会話している人たちだと思うんですよ。でも、それを使って、謎肉祭って商品を出しちゃうって、ホント最高みたいな(笑)。あそこにエンターテインメント魂を感じましたね。

土屋

社風なんでしょうね。日清食品はTVCMなども話題性の高いものが多いですから。

中村

うん。柔軟だなぁと思うし、作っている人の顔は見えないんだけど、ワクワクしているオーラが、陳列されているものに出ているなぁって思う。そういうのっていいなぁ、自分でもそうしたいなぁって思うんです。

土屋

ちょっとまずそうなものも入れておこうかと?(笑)

中村

そうそう(笑)。これは食べづらいなぁ、これは食べ物ではないなって曲も……それもある意味、DECAYSで学んだのかな。言葉が乗ってなくても、やりたい音楽とかはあるんですよ、私。そういうのを試せるじゃんとか思えたり。私はついついキレイに、耳当たりのいいものにしちゃいそうなんですけど、そこをグッと堪えて、逆に耳に障るものを入れるのもいいなって最近思いました(笑)。

土屋

ただ、これまで出してきた中村 中作品の多くは、やはり軽くはないと思うんです。BGMとして聴き流せるものじゃないでしょう?

中村

うーん、私は最高と思ってやってるから、わかんない。

土屋

ええ、「最高」でいいんだけど、いわゆる流行りの音楽とは絶対に違う感触を、聴き手は受けているはずなんですよ。その一つ一つをより際立たせるための遊びとして、今お話されたアイデアなどは、もしかすると、さらに中村 中の新しい側面を表現することにもなるかもしれませんね。

中村

そうですね。やっぱり、一番言いたいことのテーマがあり、それを分解して作っていって、最後は全部寄せているはずなのに、結果的に薄まってるかなって思うことがあったんですよ。これを食べて欲しいから、その前にあるものを違った手法で表現してみる。そこに今、興味があるんです。

土屋

コンセプト・アルバムではないかもしれませんが、ストーリーに起伏をつける脚本をきちんと作るということかもしれませんね。そこに置かれる様々な場面は、たとえば言葉が載っていない、楽器だけの即興でつないでもいいですし。いきなり「Starless」のカヴァーが入っていたとしても(笑)、ハマっていれば楽しいですよね。

中村

ははは(笑)。ちょっと質問があって……コンセプト・アルバムって何ですか?

土屋

大きく言えば、一つのテーマ基づいて制作された何らかのストーリーがあるアルバムですね。

中村

そうですよね。私、いつもそうやって作っているつもりなんですけど、どこかで紹介されるようなときに、中村 中がやっている音楽は、コンセプト・アルバムじゃないんだけどっていう枕詞がつくことが何回かあって。ないんだけど、ストーリーがあるみたいな。それを読んだとき、何を言ってるのかわからないんですよね。

少年少女
土屋

なるほど。音楽ファンにしてみれば、コンセプト・アルバムというのは、すごく特別なものという捉え方なんですよね。そんなにちょくちょく出てこない。だから、今回はコンセプト・アルバムですと作り手が明言しない限り、なかなかそうは呼ばれないですよ。

中村

そういう歴史があるのか。私は常にそのつもりで作ってきたし、それがないと書けないんですもん。今ではないんだけど、失った青春みたいなものをテーマに、まっただ中の人もいれば、失って過去を振り返っている人もいる、なくしたくないと思っている人もいる……そういったものを集めた、『少年少女』ってアルバムを作ったときなんかも、ズバリ青春がテーマだって、言ってあったつもりなんですけどね。わかりました。今度から(コンセプト・アルバムであると)もっと言うようにします(笑)。

土屋

ただ、先ほどの「コンセプト・アルバムじゃないんだけど」という記事の話ですが、その人はコンセプト・アルバムであることを知らずに聴いていたにもかかわらず、そこにストーリーを見出している。つまり、ある種、それは正解だったわけですよ。

中村

そうか、それが匂ったということか。なるほどね。ただね、私、なかなか自分で言うのがね……ホント、私なんかの話を聞いてもらって申し訳ないんですけど、こういう気持ちで作ったんですってタイプだから(笑)。でも、コンセプト・アルバムって言われたら、ワクワクしますよね。何があるんだろうって。やっぱり私は音楽が大好きなんだなって思った、今(笑)。小学生みたいなことを言ってるけど(笑)。

私は普段は主張が少ないタイプだから、誤解をされることもあるんですよ。たとえば過去に一緒にアルバムを作ったあるプロデューサーに対しても、すっごく感謝してるんだけど、「でも、本当はいいって思ってないでしょ?」とか言われたりしてね。でも、いきなりそんな切り口で来られると、答えづらいじゃないですか。「そんなことないです」なんて言っても伝わらないし、そうすると何か感じの悪い子だなみたいになっちゃったりもして。小さいことなんですけどね。

土屋

でも、それは不思議ですね。少なくとも、僕が接している中村 中にはそういう面をまったく感じないし、むしろ饒舌ですから。

中村

ホント? その話は、いついつお願いしたのに、このときにできてないってどういうことですかみたいに詰めたことがあったからかもしれないけど(笑)。でも、そこまでやり合えたから、全然、仲良しなんですけどね。でも、オトナの人、目上の人にお願いするってホントに難しいなって。

土屋

その人の器量にもよるでしょうけどね。

中村

そうね。DECAYSもそうだけど、あれはいい経験だったんですよ。こういうのもあるんだなって。私は学校とか行けなかったタイプなんで、縦社会は経験してない気がするんですよね。音楽の部活動とかはしてたんですけど、そこでも、先輩を尊敬してないとか、問題に挙げられやすくて。尊敬してないというか、できないなら私がやりますよって、ただそれだけなんだけど、言い方はかなり気をつけないといけないんだというのを、ちゃんと学んでないというか(笑)。今は気をつけてるつもりなんですけど、やっぱ生まれ持ってのものも出ちゃうんですよ。「私を吊るし上げたいなら、してみなよ!」って逆に思っちゃうから、また態度も悪いと思われる(笑)。

だから、あまりに優しい人ばかりが周りにいると、よくないのかなとも思うんですね。やっぱり、ぶつかれる相手とか、瀬上さんみたいに「今日のライヴは何を言ってるかわからなかったね」とかさ(笑)、「まじっすか!?」みたいなことを言ってくれる人はいないとね。

でもね、そこで悩みの話になるんだけど(笑)、たとえば、何か言ってくれることはすごく嬉しいんです。だからどんどん言って欲しいんだけど、言われた分、私は返しちゃうんですね。それが礼儀だと思って。それによって言ってくれなくなったりするのは気をつけないとって。だって、ずっと喋ってて欲しいもん(笑)。

土屋

たとえば瀬上さんは基本的に熱い方ですし、指摘も鋭い。普段話をしていても、ドキッとさせられることが少なからずありますよ。

中村

そうですね。瀬上さんもそうだし、みんなに面白がってもらい続けなきゃって。

天晴れ!我は天の邪鬼なり
土屋

さて、5月20日の東京国際フォーラムでのライヴですが、タイトルの<天晴れ!我は天の邪鬼なり>にしても、たとえば、どこに向けた“天晴れ!”なのかを考えるだけでもすごく楽しいですね。

中村

またちょっと前に話したことの繰り返しになってしまうかもしれないけど、これを今日まで続けてこれたことには、こういう道筋があったんだなって思うんです。それはすごく幸せなことだし、普通にはなかなかないことだと思っていて。

でも、いろいろ考えすぎちゃう癖があるし、自分のことはわりとどうでもいいと思っているけど、友達が嫌なことをされていたら、代わりにその人に家に乗り込んでいって仕返ししてやるって気持ちになりやすいタイプでもある。上手く言えないんだけど、答えは一つじゃないかしれないとか、常に慎重で、怯えてて、だけど喜び合えることも知ってて。そういうキャラクターの中村 中ってやつがいるんだけど、今、ここで喋っている自分のままでは、絶対にステージに立てないんですよ。こいつにやらせているつもりでやってるんです。

だからね、今日までやれたこと自体の不思議さとか、それに対する感謝であり、そこにはふてぶてしさも込めて。そんな意味での“天晴れ!”なんです。でも、悪いけど、何か10年でいちいち区切らなきゃいけなかったのもめんどくさい気持ちもあるんです(笑)。当然、これからもやり続けますから。ただ、いつ死んでもおかしくなかったかもしれない私を、ここまで連れてきてくれてありがとうという気持ちも確実にある。

<天晴れ!我は天の邪鬼>なんて、ともすると、カッコ悪いかもしれない表現なんだけど、逆に他の誰かに天狗にさせてもらうことはないから、自分でなってもいいじゃんって。それこそライヴで、最後に鼻を折って終わるとかもいいですね(笑)。自分で「天晴れ!」って言うなんて、バカなのかなとも思って欲しいし。でも、結局は捕まえないで欲しい。まぁ、ここでこうやって喋っていることが載ると恥ずかしいんだけど(笑)、天の邪鬼だなって思いますよ。前にも話したように、天の邪鬼ってエンターテイナーに向いてるなと思うから、ある意味、その意思表示なのかもしれない。随分大きいことを言っちゃったもんだ、これは大変だぞって、今は思ってます(笑)。

土屋

いろいろな思いが感じ取れますよ。

中村

ワクワクする。あとは10年間で感じた、ブラック・ジョークじゃないけど、私、『天までとどけ』(2007年)ってアルバムでスタートして、よし行くぞって思ったんですよね。何を“天”に届かせたかったかというと、当時の私は自分のことしか考えてなかったですけど、私が生きているのもありだと思ってていいじゃないかみたいな気持ちでね。無宗教なんですけど、「神様助けて!」ってよく思ってた。神様っていうのは、その先々で会う強い人、力のある人とかだったかもしれないけど、私が昔、助けて欲しいと思っていた“天”に値する人も、実は全然同じかもって今は思うんです。その人もこの位置で悩んでいるんだなとか、逆にめっちゃ嫌なやつだったりもするかもしれない。私に対しても、嫌なやつだと思う人も当然いるし、面白いからどんどんやれって言ってくれる人もいる。デビュー当時、私は“天”に見捨てられた人みたいに思いすぎてたけど、そこに“天”なんてないんだなって。

まさに天の邪鬼って、空の上にいるとか、まぁ、政治家でも何でもいいんですけど、まったく白いなんてあり得ないんだなって。じゃあ、みなさん天の邪鬼ってことでいいですよね、みたいな。そう思えたら、逆に天の邪鬼ってつけたくもなって……それが“天”まで届いたってことですね。そこには昔と同じ景色があった。辿り着くことには救いはないんです。やり続けることに、救いがあるかもしれないと思ってやる。うん、やっぱり、そんな10年間の喜怒哀楽を全部出すということをコンセプトに(笑)、やろうと思います。

インタビュアー:土屋京輔

10TH ANNIVERSARY SHOW『天晴れ!我は天の邪鬼なり』

日程 2017.05.20(土)
会場 東京国際フォーラム・ホールC
開場/開演 17:00/17:45
料金 全席指定 ¥6,800 (税込)
先行グッズ予約 2017.05.15(月) 18:00〜2017.05.19(金) 19:00※会場受取のみ

会場グッズ販売 2017.05.20(土)
15:30〜16:30(開演前入場入り口にて)
17:15〜開場後入場入り口にて
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